harden the paint
5年前、関西のとある駅で不思議な体験をしたのを思い出す。
その日は雪が降っていた。
クリスマス近いとはいえ、閑静な住宅街。
わたしはたまたま、そこに日帰りの仕事で来ていた。
仕事が終わり、駅までタクシーの使用許可が出ていたのに、タクシー会社と電話が繋がらない。
乗ろうとしている列車はあと15分で発車する。
地図で確認すると、現在地から駅まで、徒歩で12分。
迷っている暇はなかった。
ひとけのない場所をひとり、歩くことに。
携帯のGPS頼りになんとか市街地を抜け、線路沿いまで辿りついた。
駅まで、5分。右手に線路、左手に街並み。
築60年といったところか、木造の家が立ち並んでいた。
○○病院、と大きく書かれた漆喰の看板が目に入る。
得体の知れない恐怖を感じたのと同時に、視界の向こうに黒いパーカーの男の影がうっすらと見えた。
足が悪いのか、男はひょこ、ひょこ、と時折右側に傾く。周りは漆黒。そして、いつのまにか音もない。
そうこうしている間に、男との距離が縮まっていく。携帯をみる。列車の出発まで、あと3分。
間近で見る男は、軍人のような鋭利な空気を帯びた老人だった。
危険、という信号が頭の中でチカチカした。
心の中で自分のあるいた歩数をかぞえる。
1歩、2歩、3歩、4歩……そして、
一気に、追い抜く!
と。
途端に街灯が増え、コンクリートの建物が視界に広がった。
狐につままれた気持ちで後をみると、老人がポケットから携帯を取り出したところだ……
足は、引きずっていない。
フワッと、現代に戻った気持ちになった。
わたしは電車にも間に合い、帰途につきました。
けれど、いまだにあれは本当のことだったのか、
あるいは、その吹雪の中に自分の何かを置いてきてしまったのか、判然としないのです。